東京高等裁判所 昭和55年(ツ)75号 判決 1981年2月12日
上告人
田中繁男
右訴訟代理人
田中富雄
外二名
被上告人
株式会社大宝
右代表者
大久保男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人の上告理由第一点について。
所論は、原審が、被上告人は本件貸室の界壁を遮音効果があるように修繕する義務がある、との上告人の主張を、ベニヤ板一枚程度の界壁は遮音構造としては不完全なものであるが、上告人、被上告人間の本件賃貸借契約当初からそういう界壁であつたから、賃貸人(被上告人)は修繕義務を負わない、として採用しなかつた点に民法六〇六条一項についての解釈の誤りがある、というものである。
賃貸人の修繕義務の対象は、賃貸借契約成立後に生じた賃借物の破損、欠陥に限定されるものではなく、契約成立時に存した欠陥についても修繕義務が生じることは上告人指摘のとおりである。
しかし契約当初から賃借物に欠陥が存しても、賃貸人が修繕義務を負うべき場合とそうでない場合があり、その区別は、もともと賃貸人の修繕義務は賃借人の賃料支払義務に対応するものであるところからして、結局は賃料の額、ひいては賃料額に象徴される貸借物の資本的価値と、欠陥によつて賃借人がこうむる不便の程度との衡量によつて決せられるものと考えられる(なおこのことは破損、欠陥が契約成立後に生じた場合でも同じであつて、その修繕に不相当に多額の費用、すなわち賃料額に照らし採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わないことも同じ理に基づく。)。
上告人が非難する原判決の理由記載部分の措辞は必ずしも的確ではないが、「当初予定された程度以上のものを賃借人において要求できる権利まで含むものではない。」との記載(原判決一二枚目裏九、一〇行目。なお、この「当初予定された」とは前記修繕義務と賃料との対応関係を示す文言と解される。)が示すように、原審も前記と同旨の基本的見解に立ち、証拠に基づいて本件貸室の界壁が遮音構造としては不完全なものと認定したうえ、賃借物の資本的価値との比較によりその修繕義務を否定したものであるから、そこに民法六〇六条一項についての解釈の誤りがあるとはいえない。
論旨は採用できない。
同第二点について。
所論は、本件賃貸借契約締結時において賃貸人である被上告人は、信義則上前記界壁の遮音構造が不完全であることの告知義務を負つていた、との上告人の主張を、原審が容れなかつた点に民法一条二項についての解釈の誤りがある、というものである。
賃貸借契約締結時において賃貸人が負うべき告知義務の内容、程度は、個々の賃貸借における具体的事情に応じて信義則上定められるべきであるが、原審が認定した本件マンション及び本件貸室の構造、本件貸室についての家賃及び敷金額等から判断すれば、本件貸借において、賃貸人(被上告人)側に、検分すれば比較的容易に判明すると思われる界壁の構造、遮音効果についての告知義務ありとはいい難く、原審の右判断は是認することができ、そこに所論の違法はない。
論旨は採用できない。
よつて民訴法四〇一条に従い本件上告を棄却することとし、上告費用の負担につき同法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(吉江清景 手代木進 上杉晴一郎)